ごぶサターン。僕です。ブログを放置していたのには36万、いや1万4千個の理由があるんですが、僕にとってはつい昨日のことのようです。半年以上もの間僕も色々なことをやっていたのですが、大ざっぱに言うと呼吸をしていました。
呼吸のほうが忙しくて、インターネット活動の様々もふにゃふにゃになっていたのですが、また一つやっていこうということになりましたのでご報告申しあげます。コミックリュウで賞を獲得して今やプロっぺ先生となったくらっぺ先生との同人活動「宵待ち坂」もやります。コミケに出ます。そんで、こないだ文学フリマっていうメガネの人がたくさん集まるイベントでチラシの裏に書くような内容のチラシを配ったので、こっちに転載しときます。これを読んでもらえると僕の未来がいまだまっ黒けっけだということがご理解いただけると思います。以下、チラシ。
------------
たろちん、不動!
「僕ぁ作家になるよ、母さん。だからもう学校には行かない。無意味だからね」
そう呟いた中学時代から早10余年、たろちんは眠り続けていた。高校に行かず執筆活動はおろか、バイトすらろくにせずただひたすら家で寝そべる姿は次第に寝釈迦さながらの仏性を持つようになり、ついには「生きとし生けるものの全ての終着点は死である。生に意味などなければ、死にもまた意味はない。いわんや創作活動をや」などと嘯いて25歳にしていまだ不動である。
一時期、新都社などで漫画活動をしていたくらっぺ氏とサークル「宵待ち坂」を立ち上げ、小説と漫画のコンセプト同人誌『梨の本』『愛の本』『塔の本』を製作し、コミティアなどのイベントに鋭意参加したが、反撃もそこまで。くらっぺ氏の「次、どうしましょうか」という再三のアプローチにも「そうだねえ、来週までになんか考えるわ」などと言って放屁を繰り返すばかりで、気が付けば1年近い時間を無為に過ごしてしまった。
ある日、それに気付いた僕は「むいーっ!」と絶叫、クララばりに立ち上がって「俺は創作を、やる」と宣言。酒の勢いでU1氏に「来週の文学フリマに新作をひっさげて参上つかまつる」と言い放った。
まあ結果的に間に合わなかったわけですが、きたる8月14日(日)のコミケには出ます。ブースは西地区”け”ブロック18b「宵待ち坂」です。宵待ち坂新刊と僕個人のなんか変な本も作ろうと思ってます。U1君の本も置くので、よかったらキテネ。
新刊予告
・たろちん処女詩集「人生とは失うことと見つけたり(仮)」
「何もしないを、してる」が決め台詞のニートライターたろちんが綴る珠玉のポエムとか短歌集。思いつきのライムも映える、黒歴史間違い無しの一冊。
#作品例
「デイズオブ無用途人間」 僕はいらない人間さ。あればあるだけ肉を食う。満員電車に突進していく人を見る目に宿らぬ心。肉体的には損傷ひどく、精神的にはもっとひどい。人を助ける道具はあれど、それを用いる技術なし。色々あるけど意味はなし。少し空しいこの暮らし。
なんかもう死んでいいやと思ったらちょっとくらいの雨は許せる
過ぎ去った日々のことだけ面白くなるから明日も生きると思う
・宵待ち坂新作「タイトル未定」
詳しくは宵待ち坂のHPとかを漠然とチェックしててね!
http://yoimachizaka.web.fc2.com/
既刊『梨の本』『愛の本』『塔の本』はアリスブックスで通販もやってるよ!
在庫僅少! 売り切れても印刷するのはめんどくさいよ!
http://alice-books.com/item/list/all?circle_id=122
呼吸のほうが忙しくて、インターネット活動の様々もふにゃふにゃになっていたのですが、また一つやっていこうということになりましたのでご報告申しあげます。コミックリュウで賞を獲得して今やプロっぺ先生となったくらっぺ先生との同人活動「宵待ち坂」もやります。コミケに出ます。そんで、こないだ文学フリマっていうメガネの人がたくさん集まるイベントでチラシの裏に書くような内容のチラシを配ったので、こっちに転載しときます。これを読んでもらえると僕の未来がいまだまっ黒けっけだということがご理解いただけると思います。以下、チラシ。
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たろちん、不動!
「僕ぁ作家になるよ、母さん。だからもう学校には行かない。無意味だからね」
そう呟いた中学時代から早10余年、たろちんは眠り続けていた。高校に行かず執筆活動はおろか、バイトすらろくにせずただひたすら家で寝そべる姿は次第に寝釈迦さながらの仏性を持つようになり、ついには「生きとし生けるものの全ての終着点は死である。生に意味などなければ、死にもまた意味はない。いわんや創作活動をや」などと嘯いて25歳にしていまだ不動である。
一時期、新都社などで漫画活動をしていたくらっぺ氏とサークル「宵待ち坂」を立ち上げ、小説と漫画のコンセプト同人誌『梨の本』『愛の本』『塔の本』を製作し、コミティアなどのイベントに鋭意参加したが、反撃もそこまで。くらっぺ氏の「次、どうしましょうか」という再三のアプローチにも「そうだねえ、来週までになんか考えるわ」などと言って放屁を繰り返すばかりで、気が付けば1年近い時間を無為に過ごしてしまった。
ある日、それに気付いた僕は「むいーっ!」と絶叫、クララばりに立ち上がって「俺は創作を、やる」と宣言。酒の勢いでU1氏に「来週の文学フリマに新作をひっさげて参上つかまつる」と言い放った。
まあ結果的に間に合わなかったわけですが、きたる8月14日(日)のコミケには出ます。ブースは西地区”け”ブロック18b「宵待ち坂」です。宵待ち坂新刊と僕個人のなんか変な本も作ろうと思ってます。U1君の本も置くので、よかったらキテネ。
新刊予告
・たろちん処女詩集「人生とは失うことと見つけたり(仮)」
「何もしないを、してる」が決め台詞のニートライターたろちんが綴る珠玉のポエムとか短歌集。思いつきのライムも映える、黒歴史間違い無しの一冊。
#作品例
「デイズオブ無用途人間」 僕はいらない人間さ。あればあるだけ肉を食う。満員電車に突進していく人を見る目に宿らぬ心。肉体的には損傷ひどく、精神的にはもっとひどい。人を助ける道具はあれど、それを用いる技術なし。色々あるけど意味はなし。少し空しいこの暮らし。
なんかもう死んでいいやと思ったらちょっとくらいの雨は許せる
過ぎ去った日々のことだけ面白くなるから明日も生きると思う
・宵待ち坂新作「タイトル未定」
詳しくは宵待ち坂のHPとかを漠然とチェックしててね!
http://yoimachizaka.web.fc2.com/
既刊『梨の本』『愛の本』『塔の本』はアリスブックスで通販もやってるよ!
在庫僅少! 売り切れても印刷するのはめんどくさいよ!
http://alice-books.com/item/list/all?circle_id=122
Comment*27
今までくらっぺ君と作った同人誌をアリスブックスというところで通販してもらって売り上げの一部を分けてもらって金に換えて米や味噌、もしくは世間の顰蹙を買うなどする神々の遊びを始めたので皆さんは是非買うといいと思う。どちらを買うかは皆さんの判断に委ねる所存。
http://alice-books.com/item/list/all?circle_id=122
最近ハポン国において喫煙者の迫害が過熱しており、それに伴って煙草の税金が劇的に上げられるという処刑が行われたことは賢明なる読者諸兄の皆様にも周知と存じます。一時は20本入り紙巻煙草一箱が1000円になるという噂も流れ、テレビで和田アキ夫さんが激怒するなどする場面も見られましたが、結果的に100円強の値上げということでおててがうたれました。
しかしながら過剰に煙草を喫する愛煙家にとって、100円強の値上げというのは、もう、激烈でごじゃります。特に自分が積極的に好んで喫していたセブンスターミディアムという煙草は140円という大幅な値上げをくらい、これはマイルドセブンなどが110円の値上げだったのに比して30円も高くなっておるのであり、これはもう激烈中の激烈で、一箱で30円ということは一日一箱吸ったとして月に900円、年間にすると10950円も差が出るのであって、自分の如き社会経済活動の極端にある者は早急に愛好銘柄の変更を迫られたのであります。
ほいで自分は410円以下の煙草を様々に試しました。まあ、マイルドセブン、ケント、キャスター、ハイライト。あるいはさらに数十円安いポールモール(次元大介が好む煙草)やベーシックという煙草も買いました吸いました。
だども長年苦楽を共にしたセブンスターミディアムへの愛着は極めて強固。わけのわからぬ煙草を嫌々吸うものだから、本来快楽やリラックスを得るためのものであるはずの喫煙が、なんか違うな、なんか違うな、というイライラを募らせる要因となってしまい、イライラするものだからまた煙草を吸ってまたイライラ。自分は結果的に喫煙量が増え、喫煙にかかる費用がいや増したというのはなんとも落語的な哀切を感じるのである。
これ全てわたくしの一日数十円を惜しむ吝嗇の心が招いた業。わたくしは反省をいたしました。そして、ごめん、やっぱりお前が一番だよ、と照れ笑いを浮かべながら謝罪し、改めてセブンスターミディアムの購入を再開し喫煙したところ、やっぱり美味しいな、やっぱり美味しいな、と幸福がわたくしを包み込みよりまして、幸福に包まれるものだから自分はモンキーの如くにこれを吸い、結果的にそれまで以上の喫煙量・金額が煙とともに霧散し、わたくしの生活は困窮・破綻いたしました。それが悲しいからまた好きな煙草を吸うとその間だけはまた幸福。愛は世界を救わないけど、わたくし一人は救いうる。根本的な解決とは無縁だけど無煙のままではわたしは死ぬので、泣いたり、笑ったり。
http://alice-books.com/item/list/all?circle_id=122
最近ハポン国において喫煙者の迫害が過熱しており、それに伴って煙草の税金が劇的に上げられるという処刑が行われたことは賢明なる読者諸兄の皆様にも周知と存じます。一時は20本入り紙巻煙草一箱が1000円になるという噂も流れ、テレビで和田アキ夫さんが激怒するなどする場面も見られましたが、結果的に100円強の値上げということでおててがうたれました。
しかしながら過剰に煙草を喫する愛煙家にとって、100円強の値上げというのは、もう、激烈でごじゃります。特に自分が積極的に好んで喫していたセブンスターミディアムという煙草は140円という大幅な値上げをくらい、これはマイルドセブンなどが110円の値上げだったのに比して30円も高くなっておるのであり、これはもう激烈中の激烈で、一箱で30円ということは一日一箱吸ったとして月に900円、年間にすると10950円も差が出るのであって、自分の如き社会経済活動の極端にある者は早急に愛好銘柄の変更を迫られたのであります。
ほいで自分は410円以下の煙草を様々に試しました。まあ、マイルドセブン、ケント、キャスター、ハイライト。あるいはさらに数十円安いポールモール(次元大介が好む煙草)やベーシックという煙草も買いました吸いました。
だども長年苦楽を共にしたセブンスターミディアムへの愛着は極めて強固。わけのわからぬ煙草を嫌々吸うものだから、本来快楽やリラックスを得るためのものであるはずの喫煙が、なんか違うな、なんか違うな、というイライラを募らせる要因となってしまい、イライラするものだからまた煙草を吸ってまたイライラ。自分は結果的に喫煙量が増え、喫煙にかかる費用がいや増したというのはなんとも落語的な哀切を感じるのである。
これ全てわたくしの一日数十円を惜しむ吝嗇の心が招いた業。わたくしは反省をいたしました。そして、ごめん、やっぱりお前が一番だよ、と照れ笑いを浮かべながら謝罪し、改めてセブンスターミディアムの購入を再開し喫煙したところ、やっぱり美味しいな、やっぱり美味しいな、と幸福がわたくしを包み込みよりまして、幸福に包まれるものだから自分はモンキーの如くにこれを吸い、結果的にそれまで以上の喫煙量・金額が煙とともに霧散し、わたくしの生活は困窮・破綻いたしました。それが悲しいからまた好きな煙草を吸うとその間だけはまた幸福。愛は世界を救わないけど、わたくし一人は救いうる。根本的な解決とは無縁だけど無煙のままではわたしは死ぬので、泣いたり、笑ったり。
11月14日、今度の日曜日のコミティア「や20b 宵待ち坂」にてくらっぺ君との同人誌『塔の本』を出すよ。スカイツリーをモチーフにした小説と漫画の本だよ。
そいで昔作ったフリーダムジャズダンスっていう僕の小説もパブーにしたよ。100円ってついてるけど、しばらくはタダで全部試し読み出来るよ。でもいずれは金をとらないと読めないようにするよ。僕はクズだよ!
http://p.booklog.jp/book/7958
とかいってクズのことだけを書いて終わるのは僕のかわいい子猫ちゃんたちに対してあまりに忍びないので小説について考えたことを書いてみるよ。
僕は小説みたいな文字の羅列を最近上記のような感じで発表、子猫ちゃんたちから小銭をせしめるという極めて消費社会の奴隷的ないやな活動をしているわけだけど、実際自分って小説好きなのかなーって考えたらあんまり好きくないなあ、なんて思ったんですね。
っていうか、小説に限らずどんなジャンルの文章を読んでても、その一文一文、あるいはその繋がりによるリズム感というかフレーズ感というか、細かい言葉遣いに興味を持って読むわけです。ほしたらこの辺のことを音楽に置き換えて考えてみるとわかりやすいんじゃないかな、と僕、思ったわけ。
まず、言葉っていうのは誰かに自分の気持ちとか理屈とかを伝達するためのものなわけじゃない。その時に、言葉を使った表現で一番すごいのって僕は音楽、歌だって思うのね。それはなんでかっていうとリズムやメロディの助けを借りることで、本来左脳的っちゅうか理性的っちゅうか、なものである言葉を、右脳的っちゅうか感覚的なものとして受け取ることが出来るから、と僕は思うからなのね。
たとえば「人が死ぬと悲しいよ」「あなたが好きだと嬉しいよ」ということをただ言っても、あんまりその言葉の持ついい感じが出ないよね。だけどそういうことを歌にしてみると、急にグッとキテ泣けちゃう、みたいなこと、あるよね。
ほいでもって小説というのには物語があるわけだけど、僕はこれを歌でいうところのメロディとして解釈したらえんちゃうん、と思ったわけです。
「あなたが好きでテラ嬉しす」ということを物語を通して、迂回的というか具体的というか、イメージや共感なんかの感性を刺激して右脳的なとこに届かそう、人に言葉にならない感情まで伝達しよう、って試みがこれ、小説ってやつなんじゃないかなと。
一方で短歌や、ラップなんかもそうだけどあれはリズムの要素が強いよね。ああいうのは韻文というそうなんだけど、ノリのいい感じで言葉を言うことによって、やっぱり楽しさとか勢いとか切なさとかいう感情の部分を伝えようとしてる。僕はこっちのほうが好きなんだよね。多分、自分が歌が下手だとかドラムをやってたとかいうことと無関係ではないんじゃないかな、と思ったよ。
まあとにかく小説を初めとした文章表現っていうのは、やっぱりただ漠然と言葉を並べてるんじゃなくて、その言葉以上の何かを伝えるために色んな工夫や必然性がなされているから表現、と呼ばれているんだよね。
ちなみにこの表現は極めて漠然と言葉を並べて書かれたよ。僕はクズだよ!
そいで昔作ったフリーダムジャズダンスっていう僕の小説もパブーにしたよ。100円ってついてるけど、しばらくはタダで全部試し読み出来るよ。でもいずれは金をとらないと読めないようにするよ。僕はクズだよ!
http://p.booklog.jp/book/7958
とかいってクズのことだけを書いて終わるのは僕のかわいい子猫ちゃんたちに対してあまりに忍びないので小説について考えたことを書いてみるよ。
僕は小説みたいな文字の羅列を最近上記のような感じで発表、子猫ちゃんたちから小銭をせしめるという極めて消費社会の奴隷的ないやな活動をしているわけだけど、実際自分って小説好きなのかなーって考えたらあんまり好きくないなあ、なんて思ったんですね。
っていうか、小説に限らずどんなジャンルの文章を読んでても、その一文一文、あるいはその繋がりによるリズム感というかフレーズ感というか、細かい言葉遣いに興味を持って読むわけです。ほしたらこの辺のことを音楽に置き換えて考えてみるとわかりやすいんじゃないかな、と僕、思ったわけ。
まず、言葉っていうのは誰かに自分の気持ちとか理屈とかを伝達するためのものなわけじゃない。その時に、言葉を使った表現で一番すごいのって僕は音楽、歌だって思うのね。それはなんでかっていうとリズムやメロディの助けを借りることで、本来左脳的っちゅうか理性的っちゅうか、なものである言葉を、右脳的っちゅうか感覚的なものとして受け取ることが出来るから、と僕は思うからなのね。
たとえば「人が死ぬと悲しいよ」「あなたが好きだと嬉しいよ」ということをただ言っても、あんまりその言葉の持ついい感じが出ないよね。だけどそういうことを歌にしてみると、急にグッとキテ泣けちゃう、みたいなこと、あるよね。
ほいでもって小説というのには物語があるわけだけど、僕はこれを歌でいうところのメロディとして解釈したらえんちゃうん、と思ったわけです。
「あなたが好きでテラ嬉しす」ということを物語を通して、迂回的というか具体的というか、イメージや共感なんかの感性を刺激して右脳的なとこに届かそう、人に言葉にならない感情まで伝達しよう、って試みがこれ、小説ってやつなんじゃないかなと。
一方で短歌や、ラップなんかもそうだけどあれはリズムの要素が強いよね。ああいうのは韻文というそうなんだけど、ノリのいい感じで言葉を言うことによって、やっぱり楽しさとか勢いとか切なさとかいう感情の部分を伝えようとしてる。僕はこっちのほうが好きなんだよね。多分、自分が歌が下手だとかドラムをやってたとかいうことと無関係ではないんじゃないかな、と思ったよ。
まあとにかく小説を初めとした文章表現っていうのは、やっぱりただ漠然と言葉を並べてるんじゃなくて、その言葉以上の何かを伝えるために色んな工夫や必然性がなされているから表現、と呼ばれているんだよね。
ちなみにこの表現は極めて漠然と言葉を並べて書かれたよ。僕はクズだよ!
一時期小康を保っていたわたしの太りがここ最近再び猛威を奮い出している。
ご存知の方もあるかもしれないがわたしのフェイスは某菓子パンのヒーローを彷彿とさせる丸みある形状をしており、そのせいで特にインターネット上においては実際以上に太っているとされている。しかしそれは正確とは言えない。運動をしていた頃は脱いだらいい意味でまあまあすごいの異名を自称していた程度には僕は引き締まった体をしていたしデブり始めた頃も僅かながらその面影は残していた。だが近日のわたしのデブりはついにその殻を悪い意味でぶち破った。破ってしまった。
ここ最近わたしの胸中に去来し渦巻くえも言われぬ悲しみ、閉塞感。あと眠みを主因とする酒量の減少。これらへのカウンターとしてメシをモリモリ食っていたのがデブりの原因であることは容易に想像出来る。腹回りを筆頭にわたしのバディは急速に膨張し、高度経済成長期のわが国を彷彿とさせるような急成長を遂げた。機能を停止し無意味に地球を周回する人工衛星のことを宇宙ゴミ、スペースデブリという。この事実は、わたしが社会においてゴミ同然の存在になればなるほどデブりが加速していったことと無関係とは言えないだろう。
夕闇通り探検隊というゲームをご存知だろうか。
先日たろかの大先生によって我が海馬にもたらされた知識なのだが、PSのサイコ・ホラー・アドベンチャーゲームで現在はプレミアがついて値段が高騰している。とんでもなく怖いため発禁になったか、と思いきやそうではない。圧倒的にグラフィックやシナリオ、人物描写に優れているのである。
ホラーといってもドキドキ……ドーン!ギャー!系のびっくりホラーではなく、気が付けばそこにいてゾワリとするような粘度の高いホラーである。ただ特筆したいのはそこではなく、中学校や街を舞台とした日常シーンだ。主人公から脇役に至るまでわかりやすいキャラクタを配役されつつも、彼らは中学生らしい幼稚さや無知、背伸びをしてはそんな自分を恥じたりする人間味を随所に発揮する。細部まで丁寧に描かれたそれらの僅かなニュアンスが物語に奥行きを生んでいる。基本的には街に流れる怪奇現象の噂を調査し解決していくというストーリーなのだが、「解決してなくね?」という結末も多く、そうした良くも悪くもない曖昧な後味がゲームという壁を突き破って現実の自分へと生々しく迫ってくるのだ。
主人公は中学2年生の3人組。幼い頃から霊感を持ちそれ故に奇抜な言動で周囲から奇異の目で見られてきた少女クルミ。それに思いを寄せる内気で真面目なヒョロ男のナオ。さらにそのナオに思いを寄せるデレぬ、媚びぬ、顧みぬな断固たるツンデレのサンゴ。クルミがアッパーな不思議ちゃんであること以外はエヴァのパイロット3人の雰囲気にかなり似ていてその辺もまた個人的にはぐっとくる。
とにかくクルミのキャラが素晴らしい。ピュアと無邪気が麦わら帽子を被って歩いているような振る舞いの数々に、「〜なのね」というマキバオーみたいな語尾と唐突に発せられる「シラネー」などの乱暴なカタカナ言葉。予測不可能な故に観る者は心を揺さぶる。超かわいい。『よつばと!』のよつばを見る感覚に近いと思うのだけど、作中では霊感を含めたそれらの言動から精神科に連れて行かれたりする。実際こういう人いたら確かにそうなるかもな、というところを捨てずにむしろメインテーマとして描いているのがまたいい。この動画は各話ごとに編集されて見やすくなっているが、その合間に入るプライベートシーンにこそこのゲームの真骨頂があるので是非「夕闇通り探検隊番外編」のタグも合わせてご覧いただきたいと思う。
最近は仕事もろくにせずにそんなことばっかりやっています。アイムヒア。
ご存知の方もあるかもしれないがわたしのフェイスは某菓子パンのヒーローを彷彿とさせる丸みある形状をしており、そのせいで特にインターネット上においては実際以上に太っているとされている。しかしそれは正確とは言えない。運動をしていた頃は脱いだらいい意味でまあまあすごいの異名を自称していた程度には僕は引き締まった体をしていたしデブり始めた頃も僅かながらその面影は残していた。だが近日のわたしのデブりはついにその殻を悪い意味でぶち破った。破ってしまった。
ここ最近わたしの胸中に去来し渦巻くえも言われぬ悲しみ、閉塞感。あと眠みを主因とする酒量の減少。これらへのカウンターとしてメシをモリモリ食っていたのがデブりの原因であることは容易に想像出来る。腹回りを筆頭にわたしのバディは急速に膨張し、高度経済成長期のわが国を彷彿とさせるような急成長を遂げた。機能を停止し無意味に地球を周回する人工衛星のことを宇宙ゴミ、スペースデブリという。この事実は、わたしが社会においてゴミ同然の存在になればなるほどデブりが加速していったことと無関係とは言えないだろう。
夕闇通り探検隊というゲームをご存知だろうか。
先日たろかの大先生によって我が海馬にもたらされた知識なのだが、PSのサイコ・ホラー・アドベンチャーゲームで現在はプレミアがついて値段が高騰している。とんでもなく怖いため発禁になったか、と思いきやそうではない。圧倒的にグラフィックやシナリオ、人物描写に優れているのである。
ホラーといってもドキドキ……ドーン!ギャー!系のびっくりホラーではなく、気が付けばそこにいてゾワリとするような粘度の高いホラーである。ただ特筆したいのはそこではなく、中学校や街を舞台とした日常シーンだ。主人公から脇役に至るまでわかりやすいキャラクタを配役されつつも、彼らは中学生らしい幼稚さや無知、背伸びをしてはそんな自分を恥じたりする人間味を随所に発揮する。細部まで丁寧に描かれたそれらの僅かなニュアンスが物語に奥行きを生んでいる。基本的には街に流れる怪奇現象の噂を調査し解決していくというストーリーなのだが、「解決してなくね?」という結末も多く、そうした良くも悪くもない曖昧な後味がゲームという壁を突き破って現実の自分へと生々しく迫ってくるのだ。
主人公は中学2年生の3人組。幼い頃から霊感を持ちそれ故に奇抜な言動で周囲から奇異の目で見られてきた少女クルミ。それに思いを寄せる内気で真面目なヒョロ男のナオ。さらにそのナオに思いを寄せるデレぬ、媚びぬ、顧みぬな断固たるツンデレのサンゴ。クルミがアッパーな不思議ちゃんであること以外はエヴァのパイロット3人の雰囲気にかなり似ていてその辺もまた個人的にはぐっとくる。
とにかくクルミのキャラが素晴らしい。ピュアと無邪気が麦わら帽子を被って歩いているような振る舞いの数々に、「〜なのね」というマキバオーみたいな語尾と唐突に発せられる「シラネー」などの乱暴なカタカナ言葉。予測不可能な故に観る者は心を揺さぶる。超かわいい。『よつばと!』のよつばを見る感覚に近いと思うのだけど、作中では霊感を含めたそれらの言動から精神科に連れて行かれたりする。実際こういう人いたら確かにそうなるかもな、というところを捨てずにむしろメインテーマとして描いているのがまたいい。この動画は各話ごとに編集されて見やすくなっているが、その合間に入るプライベートシーンにこそこのゲームの真骨頂があるので是非「夕闇通り探検隊番外編」のタグも合わせてご覧いただきたいと思う。
最近は仕事もろくにせずにそんなことばっかりやっています。アイムヒア。
わたくしです。ツイッターというインターネットがなかなか多方面に向けて情報や情報でないものを発信することに長けていることを知ってしまい、ついついブログをやることを怠っています。ブログのインターネットのほうがアーカイブする能力に長けていることは重々承知しているのですが、人間というのは理屈だけで動く生き物にあらず。理屈を超えた感情がそこにはあるわけですね。人間にとって理屈に優先する第一義的な感情というのはもちろん愛です。つまり僕がブログを長らく更新しなかったというのは、それくらいこのブログを、もっと言えばこのブログを閲覧してくださっている皆さんの事を愛しているという事に他ならないのです。という訳で『梨の本』に続く2冊目の同人誌『愛の本』を製作することとなりました。
8月29日のコミティアに「れ-05a 宵待ち坂」というブースで出ます。今回も前回に引き続きくらっぺ先生の漫画と僕の小説の共著という形になります。前回は僕がプロットを作りそれをくらっぺ先生が漫画化するというコミカライズに近い形式をとりましたが、今回はあるお題でそれぞれが独自に物語を作りました。僕が一文字も書けていないという現状はさておき、くらっぺ先生の既に完成したネームは非常に心揺り動かす出来栄えとなっており、僕などは既に三日三晩涙を流し続けその涙はやがて雲となり遠く離れた国で水不足にあえぐ300万の人々を救ったと言います。あとU1の作った同人誌『U-Cafe』も販売しますよ。僕も小説で参加させてもらいました。是非遊びに来てください。
近況といたしましては、インターネットサイトのエキサイトレビューというところのライター陣に加えていただいたり、想い出をくれた友と草津旅行に行ってその後メンタルがあばば化したり、あばば化しながら小林大吾のCDを聴いて詩人になったりしていました。草津ではキャニオニングというアウトドアの遊びをしました。こいつは一体どういう遊びなのかと言うと、ウェットスーツみたいなのを一枚着ただけで滝から突き落とされたりロープに吊るされて崖から突き落とされたりするという処刑みたいな遊びです。「川で滑り台みたいなことをして遊ぼう」という誘いでホイホイついていった僕は到着して目の当たりにした光景に死を覚悟し、涙を堪えながら各所で突き落とされの受刑をこなしていったのですが、意外と楽しく生きて帰ってこれました。受刑中はあんなにも恋焦がれた現実も、帰ってきてしまえば虚しいばかりで、その反動から半ば暴力的な気持ちでなるべく現実と乖離した肩書きであるところの詩人を名乗るなどしてなんとかこころのバランスを取ったりしています。ツイッターで独善的なわけのわからない文言を書き殴るセラピーを開発したので、あばば症状にお悩みの皆さんは是非一度やってみることをおすすめします。何も解決しないことうけあいですよ。
人類史上7番目の筆不精である僕なため、なかなかブログコメントやツイッターの@にお返事出来ていませんが、全部ありがたく拝読しています。そんなありふれたお詫びとお礼を言ってしまうくらいに皆さんを愛していますよ。気持ちなんてのはめったに伝わらないものだと自覚していますけれども、たまには真っ直ぐな言葉も使わなきゃ何が変化球か自分でもわからなくなってしまいますからね。皆さんに明日も笑顔があるといいですね。僕にもね。わはは。あばば。
8月29日のコミティアに「れ-05a 宵待ち坂」というブースで出ます。今回も前回に引き続きくらっぺ先生の漫画と僕の小説の共著という形になります。前回は僕がプロットを作りそれをくらっぺ先生が漫画化するというコミカライズに近い形式をとりましたが、今回はあるお題でそれぞれが独自に物語を作りました。僕が一文字も書けていないという現状はさておき、くらっぺ先生の既に完成したネームは非常に心揺り動かす出来栄えとなっており、僕などは既に三日三晩涙を流し続けその涙はやがて雲となり遠く離れた国で水不足にあえぐ300万の人々を救ったと言います。あとU1の作った同人誌『U-Cafe』も販売しますよ。僕も小説で参加させてもらいました。是非遊びに来てください。
近況といたしましては、インターネットサイトのエキサイトレビューというところのライター陣に加えていただいたり、想い出をくれた友と草津旅行に行ってその後メンタルがあばば化したり、あばば化しながら小林大吾のCDを聴いて詩人になったりしていました。草津ではキャニオニングというアウトドアの遊びをしました。こいつは一体どういう遊びなのかと言うと、ウェットスーツみたいなのを一枚着ただけで滝から突き落とされたりロープに吊るされて崖から突き落とされたりするという処刑みたいな遊びです。「川で滑り台みたいなことをして遊ぼう」という誘いでホイホイついていった僕は到着して目の当たりにした光景に死を覚悟し、涙を堪えながら各所で突き落とされの受刑をこなしていったのですが、意外と楽しく生きて帰ってこれました。受刑中はあんなにも恋焦がれた現実も、帰ってきてしまえば虚しいばかりで、その反動から半ば暴力的な気持ちでなるべく現実と乖離した肩書きであるところの詩人を名乗るなどしてなんとかこころのバランスを取ったりしています。ツイッターで独善的なわけのわからない文言を書き殴るセラピーを開発したので、あばば症状にお悩みの皆さんは是非一度やってみることをおすすめします。何も解決しないことうけあいですよ。
人類史上7番目の筆不精である僕なため、なかなかブログコメントやツイッターの@にお返事出来ていませんが、全部ありがたく拝読しています。そんなありふれたお詫びとお礼を言ってしまうくらいに皆さんを愛していますよ。気持ちなんてのはめったに伝わらないものだと自覚していますけれども、たまには真っ直ぐな言葉も使わなきゃ何が変化球か自分でもわからなくなってしまいますからね。皆さんに明日も笑顔があるといいですね。僕にもね。わはは。あばば。