おちんちんbelong

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金と愛煙と哀切と生活の泣き笑い

今までくらっぺ君と作った同人誌をアリスブックスというところで通販してもらって売り上げの一部を分けてもらって金に換えて米や味噌、もしくは世間の顰蹙を買うなどする神々の遊びを始めたので皆さんは是非買うといいと思う。どちらを買うかは皆さんの判断に委ねる所存。
http://alice-books.com/item/list/all?circle_id=122

最近ハポン国において喫煙者の迫害が過熱しており、それに伴って煙草の税金が劇的に上げられるという処刑が行われたことは賢明なる読者諸兄の皆様にも周知と存じます。一時は20本入り紙巻煙草一箱が1000円になるという噂も流れ、テレビで和田アキ夫さんが激怒するなどする場面も見られましたが、結果的に100円強の値上げということでおててがうたれました。

しかしながら過剰に煙草を喫する愛煙家にとって、100円強の値上げというのは、もう、激烈でごじゃります。特に自分が積極的に好んで喫していたセブンスターミディアムという煙草は140円という大幅な値上げをくらい、これはマイルドセブンなどが110円の値上げだったのに比して30円も高くなっておるのであり、これはもう激烈中の激烈で、一箱で30円ということは一日一箱吸ったとして月に900円、年間にすると10950円も差が出るのであって、自分の如き社会経済活動の極端にある者は早急に愛好銘柄の変更を迫られたのであります。

ほいで自分は410円以下の煙草を様々に試しました。まあ、マイルドセブン、ケント、キャスター、ハイライト。あるいはさらに数十円安いポールモール(次元大介が好む煙草)やベーシックという煙草も買いました吸いました。

だども長年苦楽を共にしたセブンスターミディアムへの愛着は極めて強固。わけのわからぬ煙草を嫌々吸うものだから、本来快楽やリラックスを得るためのものであるはずの喫煙が、なんか違うな、なんか違うな、というイライラを募らせる要因となってしまい、イライラするものだからまた煙草を吸ってまたイライラ。自分は結果的に喫煙量が増え、喫煙にかかる費用がいや増したというのはなんとも落語的な哀切を感じるのである。

これ全てわたくしの一日数十円を惜しむ吝嗇の心が招いた業。わたくしは反省をいたしました。そして、ごめん、やっぱりお前が一番だよ、と照れ笑いを浮かべながら謝罪し、改めてセブンスターミディアムの購入を再開し喫煙したところ、やっぱり美味しいな、やっぱり美味しいな、と幸福がわたくしを包み込みよりまして、幸福に包まれるものだから自分はモンキーの如くにこれを吸い、結果的にそれまで以上の喫煙量・金額が煙とともに霧散し、わたくしの生活は困窮・破綻いたしました。それが悲しいからまた好きな煙草を吸うとその間だけはまた幸福。愛は世界を救わないけど、わたくし一人は救いうる。根本的な解決とは無縁だけど無煙のままではわたしは死ぬので、泣いたり、笑ったり。

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お小水のようなわたしのお小説についてなど

11月14日、今度の日曜日のコミティア「や20b 宵待ち坂」にてくらっぺ君との同人誌『塔の本』を出すよ。スカイツリーをモチーフにした小説と漫画の本だよ。
そいで昔作ったフリーダムジャズダンスっていう僕の小説もパブーにしたよ。100円ってついてるけど、しばらくはタダで全部試し読み出来るよ。でもいずれは金をとらないと読めないようにするよ。僕はクズだよ!
http://p.booklog.jp/book/7958

とかいってクズのことだけを書いて終わるのは僕のかわいい子猫ちゃんたちに対してあまりに忍びないので小説について考えたことを書いてみるよ。
僕は小説みたいな文字の羅列を最近上記のような感じで発表、子猫ちゃんたちから小銭をせしめるという極めて消費社会の奴隷的ないやな活動をしているわけだけど、実際自分って小説好きなのかなーって考えたらあんまり好きくないなあ、なんて思ったんですね。
っていうか、小説に限らずどんなジャンルの文章を読んでても、その一文一文、あるいはその繋がりによるリズム感というかフレーズ感というか、細かい言葉遣いに興味を持って読むわけです。ほしたらこの辺のことを音楽に置き換えて考えてみるとわかりやすいんじゃないかな、と僕、思ったわけ。

まず、言葉っていうのは誰かに自分の気持ちとか理屈とかを伝達するためのものなわけじゃない。その時に、言葉を使った表現で一番すごいのって僕は音楽、歌だって思うのね。それはなんでかっていうとリズムやメロディの助けを借りることで、本来左脳的っちゅうか理性的っちゅうか、なものである言葉を、右脳的っちゅうか感覚的なものとして受け取ることが出来るから、と僕は思うからなのね。
たとえば「人が死ぬと悲しいよ」「あなたが好きだと嬉しいよ」ということをただ言っても、あんまりその言葉の持ついい感じが出ないよね。だけどそういうことを歌にしてみると、急にグッとキテ泣けちゃう、みたいなこと、あるよね。
ほいでもって小説というのには物語があるわけだけど、僕はこれを歌でいうところのメロディとして解釈したらえんちゃうん、と思ったわけです。
「あなたが好きでテラ嬉しす」ということを物語を通して、迂回的というか具体的というか、イメージや共感なんかの感性を刺激して右脳的なとこに届かそう、人に言葉にならない感情まで伝達しよう、って試みがこれ、小説ってやつなんじゃないかなと。
一方で短歌や、ラップなんかもそうだけどあれはリズムの要素が強いよね。ああいうのは韻文というそうなんだけど、ノリのいい感じで言葉を言うことによって、やっぱり楽しさとか勢いとか切なさとかいう感情の部分を伝えようとしてる。僕はこっちのほうが好きなんだよね。多分、自分が歌が下手だとかドラムをやってたとかいうことと無関係ではないんじゃないかな、と思ったよ。
まあとにかく小説を初めとした文章表現っていうのは、やっぱりただ漠然と言葉を並べてるんじゃなくて、その言葉以上の何かを伝えるために色んな工夫や必然性がなされているから表現、と呼ばれているんだよね。
ちなみにこの表現は極めて漠然と言葉を並べて書かれたよ。僕はクズだよ!


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